カバラとは


私たちは何者なのか?

 

「あなたの心を少しだけ私に開いてください。そうしたら、私はあなたに世界を開きましょう。」

(ゾハールの書)

 

私は何者なのか、そして何を目的に存在しているのか。

 

 

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▼どのようにしてここに現われたのか、そして、これからどこに行くのか。

 

▼以前にこの世界に来たことがある、ということはありえるのか。

 

▼私達は自分自身、そして、宇宙を理解することができるのか。

 

▼どうして人は苦しむのか。苦悩をなくすことはできるのか。

 

▼どうしたら、平和、満足、幸運を手に入れることができるのか。

 

▼どうしたら、静穏、自己実現、そして、幸福の境地に達することができるのか。

 

 

どの世代においても、多くの人がこれらの絶え間なく心を、悩ます問いに対する答えを、見つけ出そうと試みていますが、世代を超えてこの問いが繰り返される、この事実自体が私達が未だに満足な答えを見つけ出していないことを示しています。

 

私達は自然や宇宙について研究し、私達を取り巻くものすべてが確かに存在し、厳密で意図をもった法則に従って機能していることを発見しました。

 

また、人間を自然界の創造物の君主と見なし、人間はそのシステムには属していないかのようにも認識しました。

 

それでも、例えば、私達の体の組織の各部分が、自然によっていかに抜け目なく、論理的に作られているかを見、体の各細胞が厳密な目的を持って、機能していることを知っていても、私達はこの生ある組織体全体の目的は、何であるのかという問いに、答えることができずにいます。

 

私達を取り巻くものすべては、原因と結果の関係で支配されています。

 

目的なく創造されるものはなく、物理的物体の世界は確固たるメカニズム、動力学、回転法則で支配されています。

 

同様な論理は植物界や、動物界にも当てはまります。

 

しかし何のためにこれらすべてが存在するのかという、根本的な問題は未解決のままです。

 

言い換えれば、私達だけでなく私達を取り巻く世界すべてが、この問いに対する答えを見つけ出せずにいるのです。

 

人生の内で一度もこの問題に頭を悩ませたことのない人がこの世の中に存在するでしょうか。

 

現在の科学的理論は、世界は私達が影響を及ぼすことのできない、不変の物理法則で支配されていると主張します。

 

私達の人生の唯一の目的は、これらの法則を賢明に利用して、約70~120年の人生をより良く生き、文字通りにも比喩的な意味においても、次の世代のための土台を用意することです。

 

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しかし、それは何のためでしょうか。

 

「人類は最も単純な形態で進化し、発展したのか」、

 

「生命は別の惑星から持ち込まれたものなのか」、

 

それとも、、、しかしこういった問いはここでは関係しません。

 

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人生には誕生と死という、二つの期日があり、その二つの期日の間に起こる出来事は、人様々なものであるため、人生は私達にとってかけがえのないものです。

 

逆に、もし、人生の後には終焉、闇、危機が待っているとすると、人生には意味がないのでしょうか。

 

抜け目なくすべてを考慮にいれ、論理的に創造を行い、無駄なものは決して創造しない自然はどうなっているのでしょう。

 

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それとも、まだ発見されていない法則や目的が存在するのでしょうか。

 

自然の探求において、私達は本質的に私達の行動に対して、世界がどう反応するかを研究しているに過ぎません。

 

それを私達は五感、すなわち、触覚、嗅覚、視覚、聴覚、そして味覚、又はその知覚範囲を増大する道具のみを頼って行っているのです。

 

私達はその探求方法で、知覚できるものを超越するものは、何も知覚することはできません。

 

私達の知る限りにおいてそういったものは存在し得ないのです。

 

さらに、私達はそういったものを知覚する感覚が欠落していることを感知することもできません。

 

それは第六本目の指がないことを、欠落と感じないこと、または、盲目で生まれてきた人に視覚とは何かを説明することが不可能なのと同じことです。

 

そのため、私達の探求方法では、自然の隠された形態を、発見することはできないのです。

 

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カバラによると、精神世界は存在するけれども、それは私達の感覚器官では知覚できないものなのだそうです。

 

私達の宇宙は、その精神世界の中央に位置する、この世界のほんの小さな部分に過ぎず、私達の惑星である地球はその内部の中心にあるそうです。

 

この情報、思考そして感受性の世界は、(知覚可能な)自然の物質的法則、及び確率を通して私達に影響を与え、特定の状況に私達を追いこみ、私達の行動様式を決定します。

 

したがって、いつどこで誕生するか、どんな人間になるか、人生でどんな人にめぐり合うか、私達の行動がどういった結果をもたらすか、といったといった事柄に私達は、影響を与えることはできないのです。

 

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カバラによると、人が習得できる知識には4種類あり、人はそれを理解しなければならないそうです。

 

 

1.創造:創造主はどのようにして世界を創造したか、精神界と物質界は、どのように相互作用するのか、人類創造の目的は何なのか、といった世界の創造及び発展の研究

 

 

2.機能:カバラでは「実践的なカバラ」として知られる、人類の性質及び精神世界との係わり合いの研究。

 

3.魂の転生:人がこの人生、そして次なる人生でどう行動するか。

 

魂が肉体に身を落とす目的、及びいかにして、特定の肉体が特定の魂を、持つようになるのか。

 

といった、個々の魂の性質及びその周期の研究。

 

魂の転生の特定順序、及び転移の結果からみた、人類の歴史もここで論議されます。

 

4.規則:私達の世界の探求 - 無生物、植物、及び動物の性質と役割、これらが精神世界によってどのように支配されているのか。

 

至高の規則及び自然、時間、そして空間を私達がどう認識するのか。

 

物質的な物体を、特定の目的(場所)に、移動する至高の力の研究。

 

その根源を問うことなくして、人間の人生の主たる神秘を、推測することができるのか。

 

各人考察していきます。

 

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個人の人生、広くは人類の人生の目的及び意義の追求は、人の精神生活の中心的課題です。

 

歴史は20世紀半ばから、人類の宗教的傾斜の復活を、目の当たりにしてきました。

 

ありとあらゆる哲学的理論を生じさせた、技術的進歩及び世界の大変動は、人類に精神的満足を与えることはできなかったのです。

 

カバラが説明するように、私達の世界は精神世界に存在する。すべてのよろこびの内、ほんのちっぽけな閃きを受け取っているに過ぎないのです。

 

この閃きが、物質的物体に存在していれば、私達はよろこびを感じることができます。

 

言い換えると、様々な状況で異なる物に、私達が好ましい感覚を覚えるのは、実際のところ、それらの物の中に、この閃きがあるからに過ぎないのです。

 

また、時間の経過と共に、人はより大きな喜びを味わうことを欲し、新たな対象を模索し続けます。

 

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そういった対象のすべては、外面の見せかけに過ぎず、「Ner Dakik」(“上層の光”の小さなスパーク<閃き>という意味)の本質は変わらないことをほとんど知らないまま。

 

精神を物質以上に高める必要性を認識することにより、絶対的な満足に到達する方法は2つあります。1つはカバラの道であり、もう1つは苦悩の道です。

 

出典・Kabbalah info is maintained by the group of  Kabbalist Bnei-Barucka 


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