マザー・テレサの言葉


Mother Teresa
マザー・テレサ

現在のマケドニアのスコピエに生まれ、神の愛の宣教者会の創立者。

 

 

 


大切なのは、

 

どれだけ多くをほどこしたかではなく、

 

それをするのに、

 

どれだけ多くの愛をこめたかです。


富める人のほうが、

 

貧しいと思うときがあります。

 

富める人の方が、

 

内心、孤独であることが多いのです。


世界平和にできることですか?

 

家に帰って、

 

家族を愛してあげてください。


もっとも辛い苦しみは、

 

必要とされないこと、

 

愛されないこと、

 

大切にされないこと、

 

全ての人に拒絶されること、

 

自分が、

 

誰でもなくなってしまうことです。


今、この瞬間を幸せでいましょう。

 

それで十分です。

 

その瞬間、瞬間が、

 

私たちの求めているすべてであって、

 

他には何もいらないのです。


いつも、お互いに、笑顔で会うことにしましょう。

 

笑顔は愛のはじまりですから。


日本人はインドのことよりも、

 

日本のなかで貧しい人々への配慮を、

 

優先して考えるべきです。

 

愛はまず身近なとことから始まります。


人はしばしば不合理で、非論理的で、自己中心的です。

 

それでも許しなさい。

 

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人に優しくすると、人はあなたに何か隠された動機があるはずだと、非難するかもしれません。

 

それでも優しくしなさい。

 

**********

 

成功をすると、不実な友と、本当の敵を得てしまうことでしょう。

 

それでも成功しなさい。

 

**********

 

正直で誠実あれば、人はあなたを騙すかもしれません。

 

それでも正直に誠実でいなさい。

 

**********

 

歳月を費やして作り上げたものが、一晩で壊されてしまうことになるかもしれません。

 

それでも作り続けなさい。

 

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心を穏やかにし幸福を見つけると、妬まれるかもしれません。

 

それでも幸福でいなさい。

 

**********

 

今日、善い行いをしても、次の日には忘れられるでしょう。

 

それでも善を行い続けなさい。

 

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持っている一番良いものを分け与えても、決して十分ではないでしょう。

 

それでも、一番良いものを分け与えなさい。

 

 


私はパラドックスを発見しました。

 

苦しくなるまで愛せば、そこには痛みなどなく、さらなる愛があるだけです。


まとめ

 

マザー・テレサの、深い愛に包まれた、心に響く言葉は、まだまだ、たくさんあります。

 

どの言葉も、力強く、そして限りなく優しい。

 

しかし、齢50歳代半ばの私が、マザー・テレサの言葉を、どのようなセンテンスをもって、この「まとめ」を表現することができるのでしょうか。

 

どのような単語を、慎重に、真剣に、敬意をもって選んだとしても、どれもが、神を前に、神を語るようであり、とても書くことはできませんでした。

 

私は、今日、ここに挙げさせていただいた中より、最後にご紹介した

 

「私はパラドックスを発見しました。苦しくなるまで愛せば、そこには痛みなどなく、さらなる愛があるだけです。」

 

について、自身の経験として、まとめさせていただきます。

 

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この夏、私は、人生の中で、大きな意味と、大きな愛を、自分の中に発見することができました。

 

これは、私自身が、心の奥の奥、43年以上思い出すことがなかった、思春期の純粋な恋を封印したパンドラの箱との対面と、開封でした。

 

この恋のはじまりと、終わりについては、身が引き裂かれるほどの苦しみを伴い、苦しいがゆえに、そこから離れることで、自分を癒したつもりになっていました。

 

パンドラの箱については、このwebsiteブログと、「STUDYING of Various Fields 」のコーナーで、「パラドックス」とは何なのかを、書くときにお伝えしたいと思います。

 

なぜなら、パンドラの箱に封印し、パラドックスを体験した、お相手の彼は、現役の、物理学、量子力学の博士、大学教授として活躍されていて、是非、教えを請いながら、時間旅行を楽しみたいと思うのです。

 

ただの偶然とは言い難い、時間と経験とタイミング、そして、私自身が不思議でならない、一番苦手であった「数」について、その魅力を追いかけ始めた、まさに今、この夏、再会することになったのか。

 

マザー・テレサの、言葉の中にある意味を、私の43年と現在、自分自身に照らしてみたいと思っています。

 

NonaLex